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「御船謡」が4年ぶりに通常開催されました。

「お世話人会・協敬組」の一員としてお仕えしました。

令和5年8月3日(木)、住吉神社「御船謡」巡行が4年ぶりに通常開催されました。

昨年は新型コロナ第7波の真っただ中ということで感染防止対策をしっかりとして例年の1/5の規模縮小と時間短縮での開催でしたが、本年は5類移行により関係者の判断で通常開催となりました。

店主は20歳から「御船山車」に乗船する『地謡組』の「謡い手」と「三味線」担当として乗船させていただき38年間お勤めさせていただきましたが、昨年を最後に演奏者を引退して、今年からは船を周りから支える『お世話人会・協敬組』の一員として「御船謡」巡行にお仕えしました。

「御船山車」が奉納處に到着する前にお知らせをしたり、代表と共に住吉神社のご神札と撤饌を納めたり、交通整理や曳き子のお世話など多岐にわたる仕事をしました。

▲ 田町商店街にて。『お世話人会』衣装に初めて袖を通しました。

▲ 令和4年8月3日(水)、国指定重要文化財「菊屋家住宅」にて。
『地謡会』最後の衣装姿です。
「日本の祭り」の取材で帯同された写真家 八田公子氏に撮っていただきました。

6年ぶりの新乗り(新人)と古衣装

今年から平成29年以来6年ぶりに『地謡組』に新乗り(新人)として35歳の若手が乗船し、新たな世代が「御船謡」を繋いでいくことになりました。新乗りは法螺貝を預かり、まずは終日しっかりと吹くことから始まります。そして、ひとりで謡う1番の謡を数年かけて自分のものにします。1番の謡は全ての「御船謡」の基本となり、年月を重ねて2番、3番、4番、トリと謡うことが許されます。こうやって世代交代することで360年を越える口伝による謡と数々の技と歴史を次代へと引き継いできました。

▲ 新乗り(新人)のおじいさまもかつて『地謡組』の謡長をされ三味線を担当されていました。新しい世代へ「御船謡」が繋がれました。当家に当時の地謡組の衣装が保管されていました。襟袖の印が今の衣装の印と違っています。

ご神恩に感謝

住吉様(浜崎の人々は住吉神社の神様をこう呼びます)の無病息災の願いが津々浦々に響きわたるよう「御船謡」が午前10時から午後11時すぎまで萩市内各所で鳴り響きました。

萩の夏はこれがないと始まらないと感じた長い長い充実した1日でした。

▲ 「御船謡」巡行です。午後7時頃、森井家住宅前での演奏です。
およそ50軒の奉納處の中で江戸期のように住宅の軒先から「御船謡」の演奏をたくさんの人が集まって聴き入りるのはここだけです。
およそ10分の演奏が終わり6つの法螺貝の合奏の合図で次の場所に移動します。
「協敬組」と「曳き子」の萩高校野球部と陸上部が「御船山車」を引っ張ります。

▲ 森井家の座敷から見える風景です。看板娘2号・3号と専務が上がらせていただき撮影しました。

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